導かれるままに(01.モーニングカフェ店主のお話)

「50万円って、失敗してもやりなおせる金額だと思ったんだよね」

これは長野県飯田市でモーニングカフェ「アヲハト」を営む北原麻美さんの言葉。
2015年、彼女が25歳のときにオープンし、2017年の6月で2周年を迎えます。


銀行から借りたお金のことまで、明るく話してくださる気さくな麻美さん。そんな彼女は、開業資金だけでなく、物件選びも決して背伸びはしなかったそう。
お店は市街から少し離れた「飯田南スイミングクラブ」の一画にあります。近くには、飯田の伝統工芸品である水引の工芸館や、14万平方メートルを超える広さの市営の運動公園などもあり、文化と暮らしが共存する静かな場所。
「ここの物件は元々カフェだったんだよね。Facebookで見つけて見学しに行ってみたんだけど、支配人に案内してもらったら、厨房器具は揃ってるし、店内もほぼほぼ出来上がってる状態だったから、すごくいいなぁって。
でも、やっぱり賃料が心配で。駐車場もついてるし、10万円くらいかなぁって思って聞いてみたら、なんと光熱水費込みで3万円」

これが麻美さんの運命の出会い。
「いつか自分のお店を持ちたい」
そんな夢を抱いていましたが、パンづくりの修行も道半ば、実はコーヒーをドリップしたこともなかったそう。

「お店をはじめる前は飯田市にあるポニー牧場併設のレストランで働いてたんだけど、そのときに『BAOBAB(バオバブ)』さんっていう天然酵母のパン屋さんで休みの日にパンづくりを教えてもらっていて。
そのとき全然膨らんでない天然酵母のパンを持っていって、私まだこんなものしか焼けないんですけど、良い物件を見つけてしまったのでやってみたいんですって相談したら、今はできることばっかりじゃなくても大丈夫、お客さまが育ててくれるんだからチャンスは逃しちゃダメだよ、って言ってくださって」

この一言で踏み出すことができたと笑顔で語る麻美さん。
そしてその言葉の通り、彼女はたくさんの人に「育てられる」ことになります。
「コーヒーは、お店やる前は全然飲まなくてねぇ。開業の一週間前くらいに、『セラード』さんっていうコーヒー屋さんに、オリジナルのブレンドがつくりたいんですってお願いしに行って、そしたらコーヒーの淹れ方もていねいに教えてくださって。
他にもいろんな方から勉強させていただいて、今はコーヒーを淹れるのがすごく楽しい。淹れる人によって味が変わるんだよね」

麻美さんは、そんな同業者との繫がりをとても大切にしている。

「田舎だから競争相手も少ないとかもあると思うんだけど、特に個人店はみんな頑張りあってる仲間でしかないかなぁ」
お店の一番人気はやはりモーニングセット。手づくりのベーグルとサラダ、ドリンクがついてきます。
この日のベーグルは5種類。そのうち3種類には、お客さまからのいただきもののリンゴと文旦、そして麻美さんのお母さん手づくりの梅干しが使われていました。

「お客さまは、本当に良い人ばかり。県外出身で飯田にお嫁に来た方とか、ここにいながらでもいろんなものをいただく機会がいっぱいあって。
スイミングスクールにお孫さんの送り迎えに来るおじいちゃんがさ、定年退職したあと果樹栽培をはじめて、ずっとサラリーマンをやってた方なんだけど。いっぱい穫れたからおまえさんとこ持ってくで、なんかいいもん作ってくれんか、って言ってくださって」

お客さんの話をする表情は、とても幸せに満ちている。

「そういうのでパンをつくってお返ししたりとかしてね、そうするとみんな喜んでもらえるし。その分価格も抑えられたら、お客さまにも喜んでもらえる。
今日のリンゴはいつも金曜日にパン買いに来てくださる方からいただいて。まだ家の畑で野菜がそんなに穫れない時期だと、すごくありがたいよね」
いただきものや、家の畑で穫れた野菜。「アヲハト」のパンのこだわりは、そういった手の届く範囲にある食材を大切にすること。長野県産小麦と飯田市北西部にそびえる風越山山麓に湧出している「猿庫の泉(さるくらのいずみ)」の水も使っています。

「長野県はもともと平地が少なくて、山間地だったから、おやきだったりとか粉ものの文化が特に北部の方は強くて。長野県産小麦を使うと、モチモチッとした食感になるもんで、すごいこうふわ~っと膨らむというよりも、ちょっとギュッとして、でもモチッとしててっていうパンができるんだけど、そういうパンが好きで」

そう語る麻美さんは、食の大切さを痛感するできごとがあったそう。
それは彼女が東京で店舗デザインの勉強をしたあと、名古屋に行ったときのこと。

「名古屋に店舗デザインで入りたい会社があって、インターンから始めて正社員になれたんだけど、働きすぎて身体を壊しちゃって、半年しかいられなかったんだよね。朝まで会社にいて、打ち合わせに行って、怒られて、っていう繰り返しで」

仕事を辞め、アパートに引きこもっていたこともあったそう。
「唯一の楽しみが、食べることだった」
そんななか、お母さんに連れ戻されるかたちで飯田市へUターン。

「最初こっちに帰ってきたときは、自分の志半ばでっていうか、やり切れなかったっていう思いが強くって。地元の友達にも全然連絡できなかったし、しばらくは実家でも引きこもってて」

そのあと、朝日を浴びながらご飯食べる時間や、家族揃って一緒に食事をする時間を通して、少しずつ外に出られるようになったという麻美さん。
モーニングは客単価が低くてあまり儲からないからやめた方がいい、と周囲から言われながらも、「モーニングカフェ」にしようと決めたのは、このときの経験を大切にしているから。

そして、今仲良くしている同業者や器作りの作家など、たくさんの人に出会ったことで、都会ではなく地元で自分のお店を開く決意が固まったと言います。

「みんなていねいに暮らしてるんだよね。人の繫がりも深くって、それこそ狭いこの地域だけど」

「田舎には帰らない」そう決意していたにも関わらず、今は地域に根付いた仕事と暮らしを実践している。
飯田市の魅力ってなんだろう。麻美さんに聞いてみました。

「なんだろうね、私も分からない。だから、こっちに移住してきてくれた人たちに、飯田のどこに惹かれたの?って聞くんだけど、全然みんな一言ではっきり言えないんだよね。震災があってここを選んだっていう方々は多いんだけど、一番多いのは、なんとなくご縁で来たっていう方」

「天竜峡が良いとか、りんご並木が良いとか、地元の人はね、色々自慢するんだけど。移住してきた方々が、飯田ってホントなにもない、寂れてるよねって言いながら、みんな楽しそうに暮らしてるがおもしろくって。なんにもないってすごいんだって思う」
カフェは働く場所でありながら、人との出会いや交流、結びの場になっている。立地は決して便利な場所とは言いがたいが、たくさんの人が導かれるままに訪れる。そして麻美さんも、そういう生き方を大切にしている。

「週2回お店に来てくださる73歳の常連さんがいて、昔は公務員で、今は限界集落と呼ばれるところを訪ねて、そこで暮らしている方の話を聞いて回るっていう活動をしてらっしゃるんだよね」

「その方が教えてくれたんだよね。『人が一番おもしろい』って。人は変わっていくし、それこそ私が今考えていることも、しゃべっていることも、180度変わることは全然あるし。その変化もおもしろいよね」

※この記事は「文章で生きるゼミ」の最終課題として作成しました。

amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

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