ジャズとビジュアルデザイン

ジャズとビジュアルデザイン

ジャズ・ミュージシャンは、絵になるなぁと思う。同じスタンダード・ナンバーを演奏しても、プレイスタイルも、音色も、すべてオリジナリティに溢れているからだ。「絵」を思い描くと、ジャズは心の中で踊りだす。そんな気がする。


和田誠さんが描くジャズミュージシャンは、彼らの特徴がシンプルに捉えられ、イラストレーション化されているように感じる。『いつか聴いた歌』(著:和田誠)は、新宿のディスクユニオンの古本コーナーで手に入れて、いくらだったか忘れたが、かなりお買い得だった。ジャズのスタンダード・ナンバー130曲にまつわるそれぞれの短いエッセイと、緩やかな線描のイラストレーションが楽しめる。

自分の好きな曲、聴いたことがある曲、まだ知らない曲。Apple MusicやYouTubeで音楽を聴きながらエッセイを読むのがいい。(個人的にApple Musicは気に入っている)レコードがあったらもっといい。レコードはまだ集め始めたばかりで、1枚しか持っていない。でも、大切な1枚だ。

レコードと言えば、もう1冊紹介したい本がある。『ポートレイト・イン・ジャズ』(著:和田誠/村上春樹)だ。和田誠さんが描く色とりどりのジャズ・ミュージシャンたちに、村上春樹さんが文章をつけた作品だ。ミュージシャンの紹介だけでなく、おすすめのレコードも紹介されていて、とても興味深い。そして何より、村上春樹さんによる彼らの演奏の描写は、聴いたことがなくても、想像力を掻き立てる一つの文学作品になっている。

例えば、私も大好きなテナー・サックス奏者のスタン・ゲッツ(1927-1991)について。自身のお気に入りのレコード(ジャズ・クラブ<ストーリーヴィル>における2枚のライブ盤)に収録されている「Move」を聴いてみて欲しいと述べたあとで、その演奏をこのように表現している。

アル・ヘイグ、ジミー・レイニー、テディー・コティック、タイニー・カーンのリズム・セクションは息を呑むほど完璧である。(中略)しかしそれ以上に遥かに、ゲッツの演奏は見事だ。それは天馬のごとく自在に空を行き、雲を払い、目を痛くするほど鮮やかな満点の星を、一瞬のうちに僕らの前に開示する。その鮮烈なうねりは、年月を越えて、僕らの心を激しく打つ。(以下略)

私は同じ音楽を聴いたことがあったとしても、こんな風に表現することは出来ない。でも、村上春樹さんの文章も、和田誠さんのイラストも、決して奇抜なことをしている訳ではなく、「なるほど」「そうだよね」と頷けるような感じがある。かと言って、説得させるような強いものではないので、「違うかもしれない」と思っても、そこは自由な発想で捉えられる余裕がある。それが、ジャズや音楽を「ビジュアル化」する上での大切なことなのだろうと思った。


ちなみに、「Move」の演奏はYouTubeでも聴くことが出来た。仮に自分がこの作品をビジュアルデザインで表現するとしたら、どうなるだろう。そんなことをじっとりと考えていると、顔の内側を噛み締めて、歯が痛くなるような感じがする。スタン・ゲッツを好きな人も、この曲を好きな人も、世界にたくさんいるのだから。納得感のあるものに仕上げるのは、とても難儀だと思った。

amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

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