わたしの愛する「不便」

小石原

買い物は「不便」なほど楽しい。わたしはそう思っている。
福岡県東峰村の小石原で、わたしは今までの人生でベスト3に入るくらい楽しい買い物をした。

1. 食器の断捨離

「食器の断捨離をしよう」そこから私の買い物は始まった。昔100円ショップで適当に調達した、特に気に入ってもいないマグカップや、長く使っていたけれど、落としてヒビが入ってしまった深皿と、ついにサヨナラすることにした。
食器の断捨離どんなにチープで妥協して手に入れたものでも、長く生活を共にしていると、情は残ってしまうものだ。でも、これはきっともう、わたしには必要のないものだろう。それなりに大事に使ってきたし、もちろん感謝の気持ちはあるけれど、情はいつか捨てなければいけないのだ。

「さて、新しいマグカップとお皿を買おう」本当に大切に、愛情を持って使い続けられるものが良い。そう思ったけれど、わたしは買い物が苦手だ。今は東京に住んでいるけれど、東京で買い物するのが好きではない。たくさんのお店やたくさんのものに溢れた世界。素晴らしいものもきっとあるし、それを紹介してくれる商売上手な販売員もいるし、困ることなんて一つもない。でも、楽しくはない。

土日は大抵混んでいるからゆっくり選べないし、雑音も多い。自分の中でビビッ!とくる感覚が上手に発揮出来なくて、結局店員さんにおすすめされたものを買ってしまい、家に帰ってそれを大して気に入っていないことに気が付いて、後悔する。そんなことの繰り返し。ただ単に自分が買い物下手なだけかもしれないが。

2. 信じることこそ運命

「では、どこで買おうか」そんな時、リトルプレスの取材で福岡県に行くことが決まった。(→取材ときどき旅人)わたしはこのご縁を大切にしたいと思ったし、旅先で買い物をするのは好きだし、きっと素敵なものに出会えるような予感がした。

「これは運命だ」と思い、まず福岡県の有名な焼き物がないか、ということと、日帰りで行けそうな場所がないか、ということを調べた。そこで見つけたのが、「東峰村の小石原」だった。小石原焼について色々調べているうちに、行ってみたいという思いが強くなり、行くことに決めた。

3. 博多〜小石原のバス旅

博多から目的地の小石原までは、バスで行くことにした。自家用車の方がアクセスしやすい場所だけれど、如何せんペーパードライバーなので。でも、「不便」を楽しみたいと思った。

バスのトータルのルートはこちら。まず、博多バスターミナルから杷木バス停までは、高速バスを利用する。(→日田行き高速バス)約1時間。そして、杷木で小石原行きのローカル線に乗り換えて、約40分。杷木〜小石原の路線は本数が少ないので、注意が必要。わたしも乗り換えで、行きも帰りも20〜30分ほど待った。

土曜日だったけれど、なんと行きのバスの乗客は、わたし一人だった。都会だったらあり得ない時間と空間。でも、なんだかすごくわくわくした。
道の駅小石原小石原のバス停から歩いて5分くらいのところには「道の駅小石原(陶の里館)」がある。そこでは約50軒の窯元の作品を展示・販売しているので、まずはどんな窯元がどんな作品を作っているのかを、ここで見てみると良いだろう。わたしも気になる窯元を見つけたので、行ってみることにした。

4. 窯元を訪ねて

訪ねたのは「鬼丸豊喜窯(おにまるとよきがま)」だ。最初は見た目で判断するが、わたしは小石原焼の伝統「飛び鉋(とびかんな)」がすごく美しいと感じ、実物を窯元で手にとって見たいと思った。
鬼丸豊喜窯「鬼丸豊喜窯」は、「道の駅小石原」から歩いて5分ほどのところにある。展示室に入ると、小さなものから大きなものまで、様々な器が並んでいた。わたし以外誰もいない、しんと静まり返った展示室。ここなら、一つ一つの器とゆっくり「会話」出来ると思った。そういう買い物が、わたしは大好きだ。
鬼丸豊喜窯欲しかったマグカップと深皿は、すぐに見つかった。マグカップは、大好きなマット調の青みがかったグレー。深皿は、伝統的な小石原の飛び鉋で彩られ、サイズ感も自分が求めていたものだった。手にとってみると、その軽さに驚いた。そして、すっと手に馴染む不思議な心地良さがあり、ずっとその感覚を味わっていたいと思った。

器と「会話」していると、一人の女性が中に入ってきて、話しかけてくれた。恐らく、窯主の奥様だろう。なんてことのない世間話を色々とした。自分が買い物をしている時、販売員に声をかけられるのはすこぶる苦手だが、全然そんな感じはしなかった。田舎の母親と話しているような、そんな和やかさがあった。

その場ですぐには購入せず、奥様のすすめもあって他の窯元も数軒訪ねてみたが、閉まっていたりお目当のものがなかったりしたので、また「鬼丸豊喜窯」に戻ってきた。そして何より、やはりこちらの器にわたしは惹かれていたのだ。
鬼丸豊喜窯窯入れ前の天日干しの様子も見ることが出来た。「小石原ポタリー」というブランドの作品のようだ。「鬼丸豊喜窯」は、すべての作品を一つ一つ手作りしているという。小石原焼の窯元の中には、手作りではなく型を使い、それを手作り風に仕上げているところもあるという。自分が気に入れば型物でも良いと思うが、持って触ってみるとその違いが分かるそうだ。わたしも、その違いが少し分かった。

奥様は「作品は我が子と同じ」「買ってもらうのは、我が子を嫁に出すのと同じような気分」とおっしゃっていた。「鬼丸豊喜窯」のこだわりを知ることができ、ますます購入した器たちを大切に使っていきたいと思った。

5. お皿とマグカップ

そんな「我が子」が「我が家」にやって来た。
小石原焼小石原焼小石原焼まずは深皿。飛び鉋がとても美しく、見ていて飽きない味わい深さがある。同じ種類のものでも、手作りなので一つ一つに個性がある。軽くて、とても使いやすそうだ。
小石原焼次にマグカップ。この落ち着いた色味が大好き。マット調だがラフさはなく、洗練されていてモダンな感じがある。たくさん使いたい。
小石原焼最後にお猪口。こちらは買っていないのだが、「鬼丸豊喜窯」の奥様にお土産としていただいた。恐らく「指描き」という小石原焼の伝統で、指で描いて模様をつけていると思う。

二つ購入して4,000円ちょっとだった。わたしはお手頃だと思った。見た目のデザインももちろん大切だが、わたしにとっては普段使い出来ること、そして、愛情を持って永く使い続けられることが重要である。その点をすべてクリアしているので、大満足の買い物だった。

6. 「不便」の魅力

こうして「不便」で楽しい買い物の旅は終わった。わたしはこの「不便」を、心から愛している。小石原焼は、福岡市内のセレクトショップで買うことが出来るから、わざわざ小石原まで行かなくても良いし、なんなら東京都内でも、インターネット通販でも買うことが出来る。

しかし、バスで2時間近くかけて小石原まで行き、窯元を訪ね、作り手の方の話を聞き、自分のお気に入りのものに出会ったという体験は、モノと自然に向き合い、自分の感性を刺激し、愛情をより深くする。そういうことは、便利さの中に身を置き続けていると、なかなか出来ないと思う。
行者堂窯元巡りをしていた時に、たまたま出会った「行者堂」へと続く道。近くのグラウンドでは、9人に満たない子供たちが、大きな声で野球をしていた。『小石原で育てられた器のように、たくさん愛される未来となりますように』そう願わずにはいられなかった。

amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

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