先日上高地に行ったとき、たくさんの木を見ました。
太くどっしりと根付いている木。長くまっすぐ空に向かってのびている木。ぐにゃぐにゃと曲がっている木。ほんとうにさまざまです。
上高地は標高約1,500mくらいにあり、山地帯(1,500m以下)と亜高山地帯(1,500〜2,500m)の境界付近にあたるようです。
山地帯はウラジロモミ、ブナ、シラカンバなど、亜高山地帯はダケカンバ、シラビソ、トウヒ、コメツガ、カラマツ、ヤマハンノキなど。標高によって植物の種類が変わるので、上高地は豊富な木々を観察することができるのです。
また、絵を描いている人も見かけました。
大きなキャンバスに油絵を描き上げている人。川辺のキャンプ場にテントを張り、その前でさらさらと水彩画を描いている人。立ち止まってスケッチをしている人。みなさんとても自由です。
上高地は絵になる風景がたくさんあるので、私もカメラだけでなくスケッチブックを持って行けば良かったなぁと思ったのでした。
そんなとき、ある一冊の絵本を思い出しました。ブルーノ・ムナーリの『木をかこう』です。(ブルーノ・ムナーリは、1907年イタリア・ミラノ生まれの国際的な造形家。グラフィックデザインの仕事を中心に、ユーモアにあふれた絵本も数多く手がけられました。)
本書では、ある一つの規則さえ覚えておけば、誰にでも簡単に木を描くことができると述べられています。
枝がしげり、年とともに、幹もふとくなります。
枝のさきに葉がつきますが、その葉には、くだがとおっていて、くだは、幹につながって、葉と土をつないでいます。
このくだで、栄養をすうのです。
幹は、このくだの集まりだから、いちばんふといのです。
幹から遠くなるほど、枝は細くなります。これが規則です。
『たったそれだけで本当に描けるの?』と思う方もいると思います。ですが、そのあとの展開がとても面白いのです。
ムナーリは、たった一つの規則をもとに、実に多彩な木の絵を描いています。
それらの絵を見て、一番大切なことは「観察する力」だなと感じました。例えば、周りの環境や時間の流れによって生じる変化についてです。
きゅうに空がくらくなって、雪がちらちら。
風がふくと、木は、くしゃくしゃにもまれます。
かみなりが、木をめがけて、どかん。
台風で、大きな枝が、ぽきんと折れてしまう。
折れた枝の上にも、雨はふりつづけます。
1年のあいだに、木には傷がつき、かたちもかわってしまいます。
でも、春がくると、また、枝をのばしはじめます。
げんきいっぱいに。
こうして、木のかたちは、かわっていくのです。
当たり前のことかもしれないのですが、目の前の木をじっくりと観察し『なぜこの形になったのか?』を想像することで、クリエイティビティを発揮することができるのだろうと感じました。
これは、木だけでなく、日常のさまざまなことに応用できると思います。なので、小さい子供に絵の描き方を教えるときはもちろんなのですが、大人の私たちにとっても改めて「観察すること」の大切さを教えてくれるのです。
木のかきかたを、みなさんに教えましたが、
このとおりにかいてください、
というのではありません。
規則をのみこんでくだされば、あとは、みなさん、
それぞれ、すきなように、木をかいてください。
ムナーリは、最後にこう述べています。
創造性や独創性はアーティストだけのものではなく、みんなが潜在的に持っている共通のエネルギーなのだろうと思いました。