コレクターという才能

フィリップス・コレクション展

東京、丸の内。そびえ立つ重厚なビル群の中に、一際目を引く赤煉瓦の建物がある。「三菱一号館美術館」だ。
日本の首都にある2010年開館の新しい美術館に、アメリカの首都・ワシントンD.C.にあり、2018年で創立100周年の歴史ある「フィリップス・コレクション」から、巨匠たちの秀作がやってきた。その数75点。
『この中から、心を揺さぶるような作品を、私はいくつ見つけられるだろうか。』

1. 「フィリップス・コレクション展」の見どころ

1918年に創設され、1921年に一般公開された「フィリップス・コレクション」。アメリカで最初の近代美術館の創設者であるダンカン・フィリップス(1886-1966)は、ヨーロッパのモダニズムを多くの観客に届けるために尽力した、慧眼のコレクターであった。裕福な実業家の家庭に生まれたとは言え、有り余る程の資産があった訳ではなかったので、気に入った絵を買うために、持っている他の絵を売るといったトレードも、度々行っていたそうだ。

「フィリップス・コレクション展」は、ダンカン・フィリップスの蒐集家としての卓越性にも着目した「購入順」にキュレーションされているのが特徴だ。そのため、『なんでこれを買ったんだろう?』『なんでこの時代に買ったんだろう?』『自分だったらどれを買おうかな?』といった視点で鑑賞を楽しむことが出来る。私もコレクターになりきって、惹かれた作品をいくつか紹介したい。

2. 巨匠たちのアトリエ(マティス、デュフィ、ブラック)

購入年はバラバラだが、アトリエをテーマにした作品を3つ見つけた。三者三様でとても興味深かった。
サン=ミシェル河岸のアトリエ一つは、フランスの画家・Henri Matisse(アンリ・マティス)が1916年に描き、フィリップスが1940年に購入した作品「サン=ミシェル河岸のアトリエ」だ。とても大きな絵で、表面はひび割れもあるが、全体的に艶めいている。

横たわってポーズをとるモデル、椅子の上に置かれた描きかけのカンヴァス、大きな窓の外に見えるセーヌ川に架かるサン=ミシェル橋。これらによって、この場所がアトリエであり、パリにあることが分かる。手前に描かれたカーテンがリアルで、具象と抽象の対比が面白い。

二つ目は、Raoul Dufy(ラウル・デュフィ)の「画家のアトリエ」。
画家のアトリエ1935年に描かれ、1944年にフィリップスが購入した作品。全体的にマットな雰囲気が特徴だ。この絵も、描きかけのカンヴァスなどから、恐らくアトリエであろうということが一目で分かる。そしてこのアトリエは、彼が1911年から亡くなるまで(1953年)に使用したモンマルトルの仕事場だそう。

デュフィはマティス同様フランスを代表する画家だが、絵画だけでなく、装飾家・デザイナーとしても活躍した人物だ。そのためこの作品は、テキスタイルとしてプリントしたくなるような、図案としての魅力が感じられる。モダンなインテリアにもマッチしそうなので、もし今買うことが出来るなら、これを手に入れて壁に掛けてみたいと思った。

三つ目は、Georges Braque(ジョルジュ・ブラック)の「フィロデンドロン」。フィロデンドロンは、観葉植物の一種だ。
フィロデンドロン1952年に描かれ、翌年の1953年にフィリップスはこの絵画を購入した。ブラック晩年の作品。剥き出しのカンヴァスと陰影、絵の具の素材感、黄金のように一際目を引く椅子が印象的だ。ただ、一目見ただけではこれがアトリエだとは分からないだろう。強いて言うなら、テーブルの上に置かれた水差しとリンゴが、“よくある静物画のモチーフ”ということだろうか。背景に見える緑の葉っぱは、植物というより抽象的な背景のようにも見えた。

3. ボナールの犬と猫

「フィリップス・コレクション展」には、Pierre Bonnard(ピエール・ボナール)の作品も多数鑑賞することが出来る。
犬を抱く女「犬を抱く女」は、1922年に描かれたもの。女性はボナールのパートナーで、犬は愛犬だ。犬は大人しく腕の中に収まっており、作品の中には静寂さが漂っている。フィリップスは1925年にこの絵画を見て、ボナールの支援者になったという。1930年にはアメリカの美術館における最初の個展を開催した。
開かれた窓こちらは、1921年に描かれた「開かれた窓」。フィリップスは1930年に購入した。場所はジヴェルニーの西側、ヴェルノンのセーヌ渓谷にあるボナールの家で、右下には気持ち良さそうに眠る女性と、猫が描かれている。先程の犬とは違って、こちらは名前のない野良猫だ。大きく開かれた窓と、見る者を飽きさせることがない色使いに目を奪われる。

4. アルルでのゴッホ(前と後)

Vincent van Gogh(フィンセント・ファン・ゴッホ)もフィリップスが好んだ作家の一人だ。しかし、ゴッホが亡くなる4年前にフィリップスが生まれたので、二人は同時代を共に生きていた訳ではない。
アルルの公園の入り口こちらは1888年に描かれた「アルルの公園の入り口」。フィリップスは1930年に購入した。南フランスのアルルは、ゴッホが“理想郷”と信じていた場所。この公園は、ゴッホと志を同じくする芸術家たちの拠点にすべく、ゴッホが借りた家の向かいに位置していたそう。緑の色が力強く、まとわりつくような熱っぽさを感じた。
道路工夫そして翌年の1889年には「道路工夫」を描いた。フィリップスは1949年に購入。こちらは「アルルの公園の入り口」とは違い、アルルでのゴーガンとの創作活動が破綻した後の作品だ。ゴッホは耳の一部を切り落とし、サン=レミの精神病院への入院を余儀なくされた。病院から外出した際に目にしたミラボー大通りの補修工事に着想を得ているそう。木の幹はどっしりとしているが、色彩は淡白だ。ゴッホの心情が現れているようにも感じた。

他にも、エドガー・ドガの「稽古する踊り子」「リハーサル室での踊りの稽古」や、アンリ・ルソーの「ノートルダム」、パウル・クレーの「養樹園」など、たくさんの多彩な作品を見ることが出来た。ダンカン・フィリップスはとりわけ、“色彩の扱いに熟達した芸術家”“力強い感情表現に長けた芸術家”“写実と抽象のバランスに優れた芸術家”に深い敬意を抱いていたそうだ。確かに、上記で紹介した作品もこれらに当てはまる。そして、彼は下記のような言葉を残している。

芸術の大きな恵みは、二つの感情を促してくれることだ。それは肯定する気持ちと、逃避する気持ち。どちらの感情も私たちを自己の限界から解き放してくれる……。
私が極めて苦しい状況に陥ったときふと、私は再びめぐり来る人生の喜びを忘れずにいることと、私には芸術家の夢の世界へ逃避したい気持ちがあることとを表現できるような何かを生み出そうと思いついた。私は絵画のコレクションを作ろうと思った。芸術家がモニュメントや装飾を作るときと同じように、全体像をイメージしながらひとつひとつのブロックを正しい位置に積んでいくようにして。

私はコレクターのことを、まだよく知らない。でも、これほどまでにアートの本質を見出し、愛を持って向き合っている人がいるだろうか。巨匠たちだけでなく、コレクターの偉大さも感じる展覧会だった。


全員巨匠!フィリップス・コレクション展
会期:2018年10月17日(水)→2019年2月11日(月・祝)
開館時間:10:00〜18:00 ※入館は閉館の30分前まで(祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は21:00まで)
休館日:月曜日 ※詳細は三菱一号館美術館のWEBサイトをご覧ください。

amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

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