舞台の上に役者が一人。何かを振り払うかのように、何かに取り憑かれたかのように、暗闇の中で踊っている。いや、違う、大きなキャンバスだ。一人キャンバスに対峙して、全身全霊で描いているのだ。
苦しそうだが、狂ってはいない。きっと彼には信念がある。愛情もある。スチュアート・サトクリフ。紛れもないアーティストだ。
先日、舞台『BACKBEAT』を観に行ってきました。途中休憩あり、3時間の大作。会場は、東京芸術劇場プレイハウス。芸劇に来ると、「芸術心酔モード」にスイッチが入る感じがするので、大好きな劇場なんです。久しぶりに来られて嬉しかったです。
この舞台は、“20世紀を代表するロックバンド・ビートルズの創成期、ハンブルクで巡業していた時代を描いた1994年公開の伝記映画『BACKBEAT』を、イアン・ソフトリー監督自ら舞台化した作品”です。(映画についてはこちら→「夜明け前のサムシング」)
映画と舞台の両方を観ての感想は、「映画は想像させる、舞台は考えさせる」でした。例えば、映画で良いなと思ったアストリッドがビートルズの写真を撮るシーン。映画鑑賞時は、当時のビートルズってこんな感じだったのだろうか、と色々想像を巡らせて楽しんでいたのですが、舞台ではそこまで重要ではないのかな?と思いましたし、あまり惹かれませんでした。ですが、舞台は映画では見過ごしていたシーンが心に留まり、一つ一つ考えさせられました。
そこで、舞台で気になった台詞・心に響いた台詞を、感想と共に紹介したいと思います。
1.「どんな芸術だって同じ、宣伝が必要よ」
アストリッドが初めてビートルズの演奏を聴き、スチュアートと出会った時に彼との会話の中で交わされた台詞です。彼女はフォトグラファー。自身の写真は芸術ではなく、「芸術を宣伝するためのもの」つまり、「デザイン」だと考えていたのでしょうか。また、当時の恋人であるクラウス・フォアマンは商業デザイナーでもありました。
アーティストでベーシストのスチュアート・サトクリフと、デザイナーのクラウス、そして(デザイナー寄りの考えを持った)フォトグラファーのアストリッドの三角関係。やっぱりアートとデザインは別物ですし、自分にない才能を持っている人に惹かれてしまうアストリッドの気持ちも、少し分かるような気がします。
ちなみにクラウスは、後にビートルズの有名なアルバムのジャケットデザインを手がけています。鉛筆書きのイラストレーションが印象的で素敵な作品。レコードショップで見かけたらジャケ買いしてしまいそうです。
2.「あなたは芸術家の手で世界に触れる」
スチュアートが、ビートルズを辞めて画家として生きていこうか迷っている時に、アストリッドが彼にかけた言葉です。アストリッドはきっと、「あなたはジョン・レノンとは違う。あなたにはあなたの才能がある」ということを言いたかったんだと思います。
人生にはたくさんの選択肢があります。迷っている人に対して、こんなにはっきりと進むべき道を諭すことが出来るなんてすごいです。それほどスチュアートの画家としての才能を信じ、愛していたんだなぁと思います。
ビートルズはその後、トップスターへと登り詰め、まさに世界に触れることになります。スチュアートは21歳という若さで亡くなってしまいましたが、彼の作品は亡き後も生き続け、世界のどこかの誰かの希望や喜びとなり続けているのです。
3.「俺は芸術家だ。芸術家は船乗りみたいなもんだ」
スチュアートが画家として生きることを決意し、かつ死期が迫っている時の台詞です。芸術家は作品そのものだけでなく、生き方や人生も作品の一部だと思っています。彼はまさに、舵を取って大海原へ繰り出そうとしていたのでしょう。時間をかけて準備することもなく、己の身体一つで。
誰の台詞だったのかは忘れてしまったのですが、「人生は長い、そんなに急ぐ必要はありません」と、スチュアートに語りかけるシーンがありました。彼の人生は長かったのでしょうか?それは分かりません。でも、スチュアートは限られた時間の中で、芸術において自分の才能を存分に発揮し、恋人や友人を愛し、精一杯生き抜いたのだと思います。
夜が明けた今、私たちはビートルズとスチュアートが残したものや、彼らに影響を受けて生まれた音楽やアート、舞台を楽しむことが出来ます。恵まれた時代に生まれて、それだけで幸せですね。この幸せに感謝しながら、これからもたくさんの芸術に触れていきたいです。
舞台「BACKBEAT(バックビート)」
キャスト:戸塚祥太、加藤和樹、辰巳雄大、JUON、上口耕平、夏子、鍛治直人、田村良太、西川大貴、工藤広夢、鈴木壮麻、尾藤イサオ
【作】イアン・ソフトリー/スティーヴン・ジェフリーズ
【翻訳・演出】石丸さち子
【音楽】森大輔