カフカの「喩えについて」

カフカ短編集

人生において、「たられば」の話はなるべくならしたくない。
本当はいつだって、前を向いて生きていきたい。でも、今はどうしても考えてしまう。
こんな世の中だから、哲学の話をしよう。

1. カフカ短編集「喩えについて」を読む

久しぶりに「プラハの春」という小説を本棚から引っ張り出して読んでいた。その中で、チェコ出身の作家であるフランツ・カフカ(1883-1924)の名前が出てきたのだが、そういえば自分はまだカフカの作品を全然読んでいないということに気付いた。そこで、「カフカ短編集」を読んでみることにした。

読み進めていると、確かに面白い。今まで読んだどんな小説とも異なる、独特な世界観が漂っている。でも、一度読んだだけではなんだかよく分からないから、何度も何度も読んで考える。そして、なんとなく分かったような分からないような不思議な気持ちになって、自分なりの解釈を持つ。きっとそれでいいのだろう。

私はカフカの専門家ではないし、チェコの歴史も詳しくないので、解説は到底出来ない。しかし、短編集の一編である「喩えについて」は、議論するべき小説ではないだろうか。いや、小説というより、これは哲学だ。そして、今の世の中や、自分の暮らしや生き方について考える、良いきっかけになるだろうと思った。

2. 賢者の言葉「かなたへ赴け」について考える

まず、「喩えについて」では、「賢者」と呼ばれる人物が登場する。そして、賢者と賢者ではない多くの一般人において、下記のように述べられている。

賢者の言うことは喩えばかりだ、日常の役に立ちやしない、自分たちの生活は変哲もない日常ずくめだというのに、と多くの人が不平を鳴らす。

賢者の対義語は、「愚者」だ。不平を鳴らしている多くの人とは、恐らく愚者のことを指しているのだろう。では、愚者が「役に立たない」と言う賢者の言葉とは、一体どのようなものなのか。

喩えについてかなたへ赴け」これが、物語に登場する言葉である。こう言われた時、今の自分だったら何を思うだろうか。

『行きたい、行きたかった。私にも行きたい「かなた」があった。でも、新型コロナウィルスのせいで、行けなくなっちゃったんだよ』
『どうすれば良いの?何処に行ったら良いの?分からないよ』

世の中の現状から考えると、このような悩みを抱えている人はたくさんいるだろう。私だってそうだ。ブログを書いている今日という日は、飛行機に乗っているはずだった。たくさんの夢や希望を抱きながら。

でも今は、この「かなた」について改めて考えたいと思っている。やりたいことが思うように出来ない世の中でも、この言葉が役に立たないとは思わない。そして、「かなたへ赴け」と言われても、「そんなこと出来ない!」と不平不満ばかりの愚者にはなりたくないからだ。

3. 考え方一つで、人生は変わる

「喩えについて」には、賢者以外に二人の人物が登場する。名前はないが、彼(彼女)らの賢者の言葉についてのやり取りが、非常に興味深かった。

喩えについて
喩えについて
喩えについて
喩えについて
喩えについてこの会話が意味することとは、一体何なのだろうか。私は、“何故さからうの?喩えどおりにすればいい”と述べている人物は「考える人」であると思い、そのようなアイコンを付けた。

「考える人」は、賢者の言葉を素直に聞き入れ、自分の力で「かなた」について考え、それが何処なのか、自分なりの正解にたどり着いているのだ。だからこそ、日常の苦労、つまり不平不満の世界から解放されているのだと思う。

一方で、“賭けには勝つが、喩えのなかで負けている”と言われる人物は、自分で考えることが出来ないのである。やるべきことが分からず、日常生活でもがき苦しんでいる。そのような経験をしたことがある人は、きっと多いのではないだろうか。

誰もが「考えられない人」になり得るし、賢者の言葉など役に立たないと足蹴にする可能性がある。だからこそ、この物語の登場人物には名前がないのだ。

そして「喩えについて」は、この会話で終わる。つまり、この物語そのものが「喩え」であり、悩んでいる人に向けて「どう生きるべきか」などと言うことは、一切書かれていない。「かなたへ赴け」ただそれだけなのだ。

新型コロナウィルス感染症の拡大に伴い、社会不安が増している世の中で、カフカの「喩えについて」に出会った。『自分で考えろ。そして、今の自分が導き出した「かなた」に向かって、前を向いて歩くのだ』私には、そう言われている気がしてならなかった。

考え方一つで、人生は変わるのだ。きっと。


▪️カフカ短篇集(岩波文庫)

amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

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