デンマークの現代住宅

デンマークの現代住宅

海外建築専門雑誌「a+U(エーアンドユー)」、2017年7月号の特集が「メランコリーと住まい──デンマークの現代住宅」だったので、勉強のために購入してみた。
「個人住宅」にスポットを当てているので、『こんな家に住んでみたい』という視点でも読むことが出来る一冊だろう。

1. 「メランコリー」なデンマーク建築

melancholy(メランコリー)とは、日本語に直訳すると「憂鬱」という意味である。しかし、この言葉は決してマイナスの意味で使われていない。本著のエッセイの一つ”Melancholy as a generator for indigenous spatial practice”(作者:Lise Juel)によると、メランコリーとは「静かで思索的な生き方」のこととして、またそれこそがデンマーク文化に特有のものとして捉えられている。

しかし、そうした「デンマークらしさ」も、時代の変化とともに失われることもあるのだという。

デンマーク文化に特有のメランコリックな気分は、無彩色スケールに埋め尽くされたこの国の風土から湧き出ている。デンマークの国土には山どころかいわゆる大自然すらなく、そのため郊外の平坦かつ単調な風景は締まりがなく、潤いを欠く。周りの風景には目もくれずに急速に新しい建物が建てられてゆく住宅地では、本来の風景がじわじわと消し去られてゆく。

窓から外を眺めれば赤石山脈が望める土地で生まれ育った自分の目に、山がなく平坦で拓けたデンマークの土地は、とても新鮮に映ったのを思い出した。そして、オーフスを訪れた時、デンマークの中では都会と言えど、静かで素朴な海辺の街に、まるで雪山のような造形のマンションが建ち並んでいたことも、とても興味深かった。

あの風景が「本来の姿」であるのかないのかは、今はまだ分からない。私はデンマークのほんの一部しか見ていないからだ。

では、「デンマークらしさ」を体現するための、メランコリックなアプローチとはどのようなものなのだろうか。

まず、周囲の自然やコンテクストとの関わり。そのおかげでプロジェクトが地域に定着し、またそのプロジェクトの雰囲気も決まる。つぎに、ヒエラルキーのないこと。すると、建物とその背景との空間的隔たりが消え、両者の不思議な共生関係が生まれる。以上2つの初期条件を満たすと、物事が本質にまで削ぎ落とされる。そこまで還元すれば、建築的介入は必要最小限で済む。全体の空間構造さえ決まれば、あとは大らかで力強いジェスチュアを加えてゆく。

つまり、建物を単体でデザインするというよりは、空間をデザインするということであろう。「静かで思索的な生き方」を実践するには、人々もまた建物やその背景との共生関係を築いていくことが必要なのかもしれない。

エッセイでは3人の建築家を例に、メランコリックなアプローチについて述べられている。その3人の建築家について簡単にまとめてみることにする。

2. 「キンゴー・ハウス」ヨーン・ウッツォン

まず一つ目は、デンマークのヘルシンゲルにあるJørn Utzon(ヨーン・ウッツォン)の不朽の名作「Kingo Houses(キンゴー・ハウス)」の宅地開発である。「ヒエラルキーのない有機的な配列」と「空間的美質」はGoogle Earthの航空写真を見るとよく分かるということなので、実際に確認してみた。

確かにこの配列は住宅が「建築」として存在しているのではなく、自然の一部であり一体となっているようで、特異な柔軟性が感じられる。尚且つとても美しい。

ヨーン・ウッツォンは全60戸を相手に、各住戸がそれぞれ最適な眺めを得られるよう、かつ隣戸との兼ね合いを考慮しつつ、個々の間取りを調整している。そればかりか、住戸間に通りや広場を設けるとか、地形を強調することまで計算に入れている。こうした緻密なスタディの甲斐あって、屋内からの眺め、とりわけ居間からの眺めは格別で、その見渡す限りの空間には立派な木立が点在し、その両脇には壁がリズミカルに続いている。

こちらのサイト(→Kingo Housing Project)で写真の一部を見ることが出来た。個々の住戸の内的空間の心地良さ損なうことなく、ヒエラルキーを無くして全体の調和を保つには、非常に緻密な計算が必要であることが分かった。

3. 「ヴィラ・ホフ」ゲールト・ボーネブッシュ

二つ目は、Gehrt Bornebusch(ゲールト・ボーネブッシュ)の「Villa Hoff(ヴィラ・ホフ)」は1971年に完成したホフ氏の個人住宅である。個人住宅なのでサイトなどではあまり情報が載っていないが、「Scandinavian Modern Houses: The Spirit of Nordic Light」という書籍に「ヴィラ・ホフ」のことが載っているようだ。また、エッセイには、実際に「ヴィラ・ホフ」を訪ねた時のことが書かれている。

築50年の個人住宅が、今なおその価値が評価されて続けているということが、まず素晴らしいことであるし、さらに「デザインの普遍性」についても考えさせられる。良いデザインは、時が経ってもその良さを失うことはないのだ。エッセイの作者のリーセ氏は、「ヴィラ・ホフ」について下記のように述べている。

建てられてからもう何年も経ったあの家を訪れてみると、家というよりは、なにかこう、巨大な木の根が逆さになって地上に露出しているような印象を受けた。

森の空間と居住空間が混ざり合っているように感じられる家。一体どんな家なのだろう?こちらのサイト(→Bornebusch)で写真の一部を見ることができ、とにかく美しいと感じた。しかし、実際に訪れてみなければ、自然と住まいの一体感を味わうことは出来ない。

4. 「ヘルマンフス」カイ・フィスカー

三つ目は、Kay Fisker(カイ・フィスカー)とC・F・モラーの共同設計によって、1930年にコペンハーゲン市内に建てられた「Hermanhus(ヘルマンフス)」である。

一見地味ではあるが、デンマークのメランコリックなアプローチ「大らかで力強いジェスチュア」がどことなく感じられる。また、作者のリーセ氏は実際に「ヘルマンフス」の一室に住んだことがあるらしく、居住者の目線で分析されていた。

その小さな住戸の一番の特色は、奥行きが50cm、高さが3m近くもある大窓だった。(中略)狭い空間にこれほどの規模の要素を盛り込むなんて、なんと気前がよく思いやりのあるプログラムであることか、なんと力強いジェスチュアを空間に託していることか。しかもこの窓越しに、立派な木々の植わった広場の風景と室内の空間が行き交っていた。この窓が強烈な印象を放つのは、建築が地味なせいもある。

狭いなら狭いなり、と全てを窮屈に考えるのではなく、「地味な大胆さ」や「内なる開放感」を持っている。それはまさに「静かで思索的」つまり「メランコリー」なのだと思った。

「キンゴー・ハウス」、「ヴィラ・ホフ」、そして「ヘルマンフス」、このデンマークらしいメランコリックな住宅に、私はとても興味を抱いた。日本の住宅はプライバシー重視で、間取りが最初からきっちりと決まっているものが多く、また、都会では特に「周辺の自然やコンテストの関わり」や「ヒエラルキーのないこと」は感じられないことが多いだろう。しかし、将来自分の住む家には、メランコリックなアプローチを一部にでも取り入れてみたいと思った。

amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください