先月、東京都美術館で開催された「岡本太郎展」に行ってきました。私にとって岡本太郎は、アート作品よりも彼の言葉(著作)の方に親しみがあったのですが、今回芸術家としての作品を解説と共にじっくりと鑑賞する機会を得ることができ、岡本太郎の探究心の強さに非常に刺激を受けました。
1. オリンピックと呪術
「岡本太郎展」は第1〜5章までの構成になっていたのですが、その中で私が最も興味を抱いたのは、第3章の「人間の根源――呪力の魅惑」です。
岡本太郎は「日本の伝統」と「呪術的芸術」を研究対象とし、1962年には日本各地の霊山などを巡って、神秘的な民俗行事の取材を行っていました。本展では、その影響を受けたであろう作品がまとめられていました。
上の画像は、1963年制作の《跳ぶ》という作品です。恐らく人間が跳んでいる様を描いていると思うのですが、身体から放出されるエネルギーの根源のようなものを感じます。カンヴァスの中心付近に描かれているのは、人間の頭の部分や目玉を表現しているのか、あるいはそれら以外の何かなのか。
1964年に開かれた東京オリンピックは日本中を沸かせた。その前年に描かれた、オリンピックをテーマにした作品。特定のスポーツを描くのではなく、運動のエッセンスが凝縮されたものとしての跳躍が主題となっている。中心をなす黒い軸線とそれ以外の色彩との関係は、この作品が《予感》や《愛撫》など呪術的なテーマを持った作品と密接な関係にあることを示している。岡本はオリンピックという祝祭にもまた、何らかの呪術的なものを感じ取っていたのかもしれない。
解説によると、《跳ぶ》はオリンピックをテーマ描かれた作品とのことでした。それを踏まえると、五輪マークの色(青、黄、黒、緑、赤)を基調にしているように見えます。
オリンピックと呪術の関係について、岡本太郎はどのような親和性を抱いていたのかは分かりませんが、オリンピックには一人でフェンシング、水泳、馬術、レーザーラン(射撃、ラン)の5種目を行う「近代五種競技」というものがあります。1912年のストックホルム五輪から続く歴史ある競技で、ヨーロッパでは「キング・オブ・スポーツ」とも呼ばれるそうです。
まったく異なる競技性を持つ5種目を、わずかなインターバルを挟んで1日で戦い抜くその超人的な身体性と精神力に、私は呪術のようなものの働きを感じました。
2. カリグラフィーと抽象表現
60年代に入ってからの岡本太郎の絵画では、先に紹介した《跳ぶ》でも見られる「うねるような動きを持った黒い線」が装飾的に描かれるようになったそうです。
上の画像は、1962年制作の《装える戦士》という作品です。画面を構成する赤と黒の強烈な色彩は、「ザ・岡本太郎」と言えるような「らしさ」を感じます。
黒の線で力強く描かれた形は、ほぼ左右対称の構成をあいまって梵字(サンスクリット語の文字)を連想させる。この年に岡本は取材のために高野山を訪れており、密教への関心を深めていったのだと思われる。また、この作品に限らず岡本の作品に見られる線描的、初動的な資質は、書家であった祖父の岡本可亭(岡本一平の父)から受け継いだのではないだろうか。
この時期に岡本太郎は、「梵字を線描に置き換える」などの研究を行い、カリグラフィーと抽象表現の融合の可能性を探っていたと言われています。カリグラフィーはギリシャ語で「美しい書き物」を意味します。
文字はそのものが意味を持つので、芸術作品に取り入れるには、その意味とは切り離して考える必要があると考えます。そのため、具象ではなく抽象的な表現を用いたのではないでしょうか。ただ、密教と結び付く梵字の神秘性は失われないようなものとなっています。
また、岡本太郎は「芸術は呪術である」と宣言し、下記のように述べています。
芸術行為とは、共通の価値判断が成り立たない、自分自身にすらわからないものに賭けることだ。そして、理解されない、「自分ひとりにしか働かないマジナイ」であっても、「それがもしいったん動き出せば、社会を根底からひっくり返すのだ」。
3. わたしの好きな岡本太郎の言葉
「岡本太郎展」を通して、芸術やアートに対する新たな視点を開拓することが出来ました。そして、開拓する視点をより深めるためには、自分自身もテーマについて学ぶ必要があると感じました。アートでもデザインでも言えることですが、単にテクニックを扱えるようになっただけでは、人の心に届き、心を動かすような作品を創り上げることは出来ないのだろうと思います。
「岡本太郎展」に展示されていた岡本太郎の書籍です。『神秘日本』や『日本の伝統』など、日本全国を訪れて実施したフィールド・ワークの結実と言えると思います。いつかこれらの著作を読んで、今はまだ表層の部分しか理解出来ていない、岡本太郎が表現した「芸術は呪術である」の考えを紐解いてみたいです。
最後に、私が読んだ岡本太郎の著作で好きな言葉をご紹介したいと思います。『自分の中に毒を持て』というエッセイの冒頭の言葉です。芸術論ではなく人生論ですが、自分の座右の銘にもなっているおすすめの一冊です。
人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。
人生に挑み、ほんとうに生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれかわって運命をひらくのだ。それには心身とも無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。
今までの自分なんか、蹴シトバシてやる。そのつもりで、ちょうどいい。
もうすぐ2022年が終わり、新しい年を迎えます。2023年は、新しいことに挑戦していきたいです。
【東京都美術館に関連する記事】椅子から広がる世界とフィン・ユール