椅子から広がる世界とフィン・ユール

Finn Juhl

先日、東京都美術館で開催された『フィン・ユールとデンマークの椅子 Finn Juhl and Danish Chairs』展に行ってきました。フィン・ユールは、私の大好きなデザイナーの一人です。

1. 見る、体験する『フィン・ユールとデンマークの椅子』展

デンマーク・デザイン関連の展覧会は過去に何度か訪れたことがあるのですが、今回の鑑賞は2017年に開催された『日本・デンマーク国交樹立150周年記念 デンマーク・デザイン』展以来となりました。その間にデンマークを旅したり、フィン・ユールの椅子を日本で製造している山形県・朝日相扶製作所の取材をさせていただいたりして、自分なりに見識を深めてきました。

フィン・ユールとデンマークの椅子

『フィン・ユールとデンマークの椅子』展は、椅子のデザインに特化した展覧会でした。北海道東川町が所蔵する「織田コレクション」の椅子を中心に、私も過去に一度訪れたことがある「デンマーク・デザイン・ミュージアム Designmuseum Danmark」に所蔵されているフィン・ユールが手掛けた椅子の図面や、デンマークの「オードロップゴー美術館 Ordrupgaard Museum」にあるフィン・ユール邸の図面などが展示されていました。

イージーチェアNo.45

上の写真は、1945年に制作されたフィン・ユールの椅子の図面(イージーチェア No.45)です。フィン・ユールは「Watercolors by Finn Juhl」という水彩画集が出版されるほど多数のスケッチを残しており、それらは非常に緻密で美しいものばかりです。本展では実際の原図を鑑賞することができ、その魅力をたっぷりと目で味わうことができました。

また、「見る」だけでなく、デンマーク・デザインの名作に実際に座って「体験する」展示もあったため、美術品のように美しい椅子であっても、人々の暮らしを豊かにするためにデザインされた身近なものであるということを、改めて実感することができました。

2. フィン・ユールの名作「イージーチェア No.45」

『フィン・ユールとデンマークの椅子』展には、フィン・ユールがデザインした多数の椅子が展示されていましたが、全体を通して私が改めて一番好きだと感じたのは、1945年にデザインされニールス・ヴォッダー工房、ソーレン・ホーン工房、ニールス・ロス・アナセン工房で生産された「イージーチェア No.45」です。

イージーチェア No.45

上の写真の展示品は、ローズウッドという木材と布でつくられたものです。最高級と謳われる素材と、それを引き立たせるシャープな曲線に目を奪われます。

フィン・ユールの代表作であり、デンマークを代表する椅子でもある。(中略)斜めの貫のみならず、各パーツは細部にまでこだわって美しい曲面に削り込まれている。そして、シート部とフレームの間には微妙な隙間がつくられ、まるでシートが浮いているかのようだ。そうしたスリットは全体に心地良い緊張感を生み出している。「世界で最も美しい肘をもつ椅子」と言われるそのエッジはシャープに仕上げられており、まるでペーパーナイフのようですらある。また、各パーツの角度のとり方もフィン・ユールの天才ぶりをいかんなく発揮している。上品で慎み深い佇まい、そんな彼の人格すら感じさせる椅子だ。

フィン・ユールの世界 北欧デザインの巨匠(著者:織田憲嗣)

イージーチェア No.45」は、どの角度から見ても美しく無駄がないと感じます。そして、場所を選ばず空間に溶け込むことができる柔軟なデザイン性があるのではないでしょうか。実際に座ってみても、身体が椅子に「溶け込む」ような安心感を得られます。私は初めてこの椅子に出会った時から、フィン・ユールのファンになりました。

3. 一度見たら忘れられない「チーフテンチェア」

威風堂々とした佇まいで、フィン・ユールの展示品の中で一際目を引いていたのが「チーフテンチェア」でした。1949年にデザインされた作品です。

チーフテンチェア

上の写真の展示品は、ローズウッドと革でつくられたものです。横幅が広くデザインされているため、下の写真のフィン・ユールように、肘掛けに脚をのせて横向きに座ることができます。

世の名作椅子のほぼすべてがリデザインを繰り返しながら、時には数十年もの時をかけて誕生するが、このフィン・ユールの代表作にして歴史的名作は、何とも短時間のうちに、フォルムからディティールまでが完成したのである。作品は秋のコペンハーゲン家具職人ギルド展に出品され、オープニングに来場されたフレデリク国王自らお掛けになられた。しかし、国王のための椅子とは言えず、“チーフティン(酋長・族長)チェア”と命名された。

フィン・ユールの世界 北欧デザインの巨匠(著者:織田憲嗣)

「チーフテンチェア」は2〜3時間でデザインが完成されたというのが驚きです。なぜアイディアをすぐに形にすることができたのかを考えたのですが、フィン・ユールが単に「椅子のデザイナー」というだけでなく、建築や美術の分野にも精通しており、たくさんの「引き出し」を持っていたからなのではないかと思います。

経済的に恵まれた家庭に生まれ、15〜16歳の頃からギリシャ美術に興味を抱きながら、将来は美術史家にあることを夢見ていたフィン・ユール。その後王立芸術アカデミーの建築学科に進学し、「ヘルマンフス」などをデザインしたカイ・フィスカーの指導を受けました。そして、アカデミー在学中にヴィルヘルム・ラオリッツェンの事務所に入り、そこで携わった設計プロジェクトで、建築だけでなく設備関係のすべてのデザインを手掛けた経験が、家具デザイナーの道へ進むきっかけとなったそうです。

まるで彫刻作品のような時代を超えて表される美しさは、美術に対する造詣の深さが生かされていると思いますし、建築と家具(インテリア)の一貫性が重視される仕事に携わったことで、より空間と人々の身体に適した椅子を探求することができたのではないか、と思いました。

フィン・ユールの椅子を見ていると、世界の広がりを感じます。それは、実用的要素、芸術的要素、そして、彼自身の個性を感じ取ることができるからです。デザイナーとして生きていく上で、直接「デザイン」とは関係のないようなことでも、過去の学びや経験はすべて生かすことができるのだと、改めてフィン・ユールが教えてくれました。


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amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

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