自然と向き合う瞳『印象派・光の系譜』

印象派・光の系譜

三菱一号館美術館で開催中の『イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜ーーモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン』を鑑賞してきました。イスラエル博物館から厳選された、印象派、ポスト印象派、ナビ派の作品69点(内59点が初来日)が一堂に会する展覧会です。

1. 『印象派・光の系譜』展の4つのテーマ

本展は、4つのテーマに分けて構成されていました。まず一つ目は、「水の風景と反映」です。展示では、下記のように説明されていました。

水の反射と光の動きは、印象派の作品における中心的な要素である。印象派の画家たちは、うつろいゆく自然の様相を捉えるために、戸外でたいてい下書きせずに直接カンヴァスに描いていた。滑らかな筆触で歴史的、宗教的な題材を描くアカデミックな価値観に反発し、色と光の集中的な研究に着手したのだ。

移り変わる自然を画家たちはどのように見つめていたのか、そこに着目して鑑賞すると味わい深くなると思います。

そして二つ目は、「自然と人といる風景」です。ここでは、具体的に人物が描かれているというよりは、“産業や農業など、人の手が加わった自然”がテーマになっています。「移り変わる自然」を捉えつつも、そこには「その瞬間を生きる人の存在」も感じさせます。

三つ目は、「都市の情景」です。展示では、下記のように説明されていました。

印象派は、社会的、文化的生活の急速な変化に呼応した。大幅に拡大したパリの街には、新しい大通りや見世物、娯楽などがあった。思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)が述べたように、パリは「19世紀の首都」であり、印象派の画家たちはそのイメージをかたどり、映し出すことに貢献した。

「都市の情景」で展示されていた作品は、「水の風景と反映」や「自然と人といる風景」で展示されていた作品と明確な違いを感じられました。“新しい時代の質感”とも言うべきか、画家たちの瞳に映る世界の変化に気付くと思います。

最後の四つ目は、「人物と静物」です。個人的に、肖像画や静物画にはあまり魅力を感じたことがない(鑑賞の仕方が分からない)のですが、印象派の画家たちが描く「人物と静物」は実に多彩でした。その多彩さを観察するだけでも楽しめると思います。

2. フレデリック・チャイルド・ハッサム(1859-1935)

本ブログ記事では、4つのテーマ別ではなく、自分が特に心惹かれた作品と画家毎に、まとめてご紹介したいと思います。

フレデリック・チャイルド・ハッサム

まず、自分のお気に入りとなった作品は、フレデリック・チャイルド・ハッサムの『夏の陽光(ショールズ諸島)』(1892年)です。こちらの作品は、「水と風景の反映」のテーマで展示されていました。

涼しげな白のロングワンピースを装ったご婦人が、白い岩に腰掛けて読書をしています。場所はショールズ諸島でしょうか。「ショールズ諸島」がどこにあるのか分からなかったため、Google Mapで調べてみました。


アメリカ合衆国の島で、作者の出身地であるボストンからもアクセスしやすいスポットです。島内の写真を見ていると、『夏の陽光(ショールズ諸島)』に描かれている海岸の“白い岩”に似ているものも見つけられました。

ワンピースの白、岩の白、海の水色は、きっと晴天時の“夏の陽光”をたっぷりと浴びて煌めく様を描いているのでしょうか。とても美しく目を奪われます。また、影が真下に落ちていることから、“影が一番短くなる時間帯”に描かれていることが分かります。良い意味で夏の暑さを感じず、とても涼しげで爽やかな印象もこの絵に惹かれたポイントです。

作者のフレデリック・チャイルド・ハッサムのプロフィールについては、下記の通りです。

アメリカにおける印象主義を牽引した画家で、明るい光と色彩で都市の喧騒や田舎の情緒を捉えた作品で知られる。挿絵の仕事をしていたが、1880年代半ばには都市の路地を描く画家としてボストンで評価を得た。1886年から1889年までパリに滞在し、当初はアカデミー・ジュリアンで学んだが、アメリカの収集家の間で人気が高まっていた印象派を吸収する。印象派の柔らかな色彩と筆触を取り入れながらも、人物には堅固な造形を維持した独自の作風を展開した。

『夏の陽光(ショールズ諸島)』は、ハッサムが初めてヨーロッパに渡る前年に描いた作品。アメリカとボストンでのみ生き、見つめ続けてきた自然や人々の姿を描いた最後の作品と思うと、また違った味わいがあります。

3. レッサー・ユリィ(1861-1931)

レッサー・ユリィについては、お気に入りとなる作品が複数見つかりました。

レッサー・ユリィ

まず、「水と風景の反映」のテーマで展示されていた『風景』(1900年頃)という作品です。こちらは一目見て、構図が素晴らしいと思いました。水と空の余白、水面に落とす街の影、木の質感、バランスがとても美しいです。

レッサー・ユリィ

次に、「都市の情景」のテーマで展示されていた『冬のベルリン』(1920年代半ば)という作品です。ベルリンは、ユリィの故郷です。ユリィのプロフィールは下記の通りです。

11歳のときに父を亡くし、一家でベルリンに移り住んだ。1879年よりデュッセルドルフのアカデミーで学び、1887年にベルリンへ帰るまでに、ブリュッセル、パリ、シュトゥットガルトといった各都市で学ぶ。1893年にミュンヘンの分離派に参加し、1915年以降はベルリン分離派展に出品する。60歳を記念して開かれた大規模な展示で名声は揺るぎないものとなった。静物や風景を印象派に近しい技法で描き、雨の路地や夜のカフェを描いた作品は特によく知られている。

『冬のベルリン』は地面に水面のような揺らぎがあり、空が曇っているので、冬の雨上がりの風景なのではないかと思います。また、当時の乗用車も描かれており、“工業的な煙(曇り)”のエッセンスも感じます。

レッサー・ユリィ

こちらは『夜のポツダム広場(1920年代半ば)です。こちらの作品も「都市の情景」のテーマで展示されていました。

ポツダム広場はベルリンにあり、1920〜30年代にかけてヨーロッパ経済の中心地の一つであり、夜の娯楽スポットとしても栄えていました。絵画の右手に見えるドームとネオンを備えた建物は、映画館や様々なレストランで賑わった娯楽施設「ハウス・ファーターラント」だそうです。

絵画の中の人々が傘を差しているだけでなく、全体的な湿っぽい質感や地面に映るライトの滲みなどから、はっきりと雨の日の夜と分かる作品になっています。また、構図的に右側に人が集中している一方、左側は閑散としているので、都市の賑わいと静寂の両方が感じられました。

レッサー・ユリィ

最後にご紹介するのは『赤い絨毯』(1889年)です。「人物と静物」のテーマで展示されていました。窓から照らされる陽の光を利用して縫い物をする女性の後ろ姿。この光景はユリィにとって馴染み深いものだったそうです。

ユリィが11歳の時に父親を亡くし、母親は子供たちを連れて連れてビルンバウムからベルリンに移り住みました。そこで母親は小さなリネンのお店を開き、その収入で子供たちの養育費を賄ったそうです。ユリィはそんな母親の姿を思い浮かべながら、この絵を描いたのでしょうか。この絵を見ていると、大切な人に思いを馳せずにはいられません。

4. クロード・モネ(1840-1926)

本ブログ記事の締め括りとして、モネのお話をしたいと思います。『イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜ーーモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン』展では、タイトルにも名を連ねているクロード・モネの作品も複数展示されていました。

クロード・モネ

こちらは写真撮影が許された『睡蓮の池』(1907年)で、1909年の『睡蓮:水の風景連作』展に出品された、48点の「睡蓮」の「連作」のうちの一点です。作品には、下記の解説がありました。

移り変わる自然の表情と光に魅せられ、モネは人生最後の30年間を「睡蓮」の連作に費やした。作品にはジヴェルニーのモネの邸宅の庭に造られた、睡蓮が浮かぶ池が描かれている。静かな水面に映る雲と空、そして樹々だけが池の外側の情景を示唆している。目に見えるものを純粋に表すという印象派の信条に忠実に、モネは水面に映る捉え難い像と、実際に存在する像との区別をつけていない。

30年間向き合い続けた自然。モネが「睡蓮の池」という対象に惹かれていたことは間違いないと思いますが、“対象が何であるか”ということ以上に、“どのように対象を捉えて描くか”ということに力を注いでいたのではないかと思いました。では、私たちがモネの絵画に心惹かれるのは、どのようなところにあるのでしょうか。

モネは、彼の「印象」に基づき、大きな風景から部分をカット・アウト──切り抜いています。このカット・アウトがもたらす効果は、清々しい海や空が絵の外にも広がっていることを感じさせ、奥行きのある作品に仕上がっています。ですから私たちはモネとともに、この風景の前に立っているような気持ちになります。モネが絵の中に表そうと狙ったのは、その点です。

モネの作品には、人を取り込んで包み込んでしまうような、圧倒的な没入感があります。モネが眺めている風景の中に私たちも立っている気持ちにさせられる、非常に稀有なアーティストです。

『モネのあしあと』原田マハ著

原田マハの著書『モネのあしあと』に書かれているように、“モネとともにこの風景の前に立っているような気持ちになる”というところが、まさにその通りだと思います。当たり前のことですが、絵画の中の世界は動くことはありません。ですが、移り変わる自然の「瞬間」が切り取られていることで、作者とともに同じ時間を共に過ごしているような、時間の流れを感じさせる効果があるのだと思いました。

本ブログ記事では、自分が心惹かれた作品と画家に絞ってご紹介いたしました。しかし、本展では、他にもたくさんの名作を鑑賞することができます。ギュスターヴ・クールベ、ポール・セザンヌ、フィンセント・ファン・ゴッホ、カミーユ・ピサロ、ピエール=オーギュスト・ルノワール等、あなたのお気に入りをぜひ見つけてみてください。


イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜ーーモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン
会期:2021年10月15日(金)→2022年1月16日(日)
開館時間:10:00〜18:00 ※入館は閉館の30分前まで(祝日を除く金曜と会期最終週平日、第2水曜日は21:00まで)
休館日:月曜日と年末年始の12月31日、2022年1月1日 ※詳細は三菱一号館美術館のWEBサイトをご覧ください。

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amiko
編集者、デザイナー、宣伝のお仕事などを経験。現在は「デザインライター」として活動中。プログラマーとしてもお仕事をしています。好きなことは、読書、音楽(主にジャズ)、旅行。

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